民主党の歴史

1998年4月
民主友愛太陽国民連合(民友連)に参加していた旧民主党・民政党・新党友愛・民主改革連合が合流し、民主党を結成。

1993年
1993年には、政治改革を巡る政界再編を発端として新党ブームが発生。小政党が乱立する政局が続く。

1994年
野党勢力の多くを結集させた新進党を結党。自民・新進の二大政党時代へ動き出す。

1996年9月
鳩山由紀夫、菅直人、社民党の一部議員らが集い、旧民主党を結党。衆議院・参議院合わせて57名。

1997年
党代表に菅直人、幹事長に鳩山由紀夫が就任。

1998年1月
1997年12月に新進党が突如として解党したことにより、新進党から分党した民政党・新党友愛・民主改革連合と院内会派「民主友愛太陽国民連合」(民友連)を結成。のちに、民主党に合流することとなる。

1998年4月
他政党が解散し、民主党に合流することで、4月27日に民主党が結成。

1998年9月
菅直人と鳩山由紀夫による代表選挙で、鳩山由紀夫が代表に就任。

2000年6月
第42回衆議院議員総選挙。定数削減にも関わらず改選前の95議席を127議席に増やし、二大政党時代の到来を宣言。

2001年7月
参院選。小泉旋風の前に議席増は4議席で26議席獲得。

2002年9月
鳩山由紀夫が代表に再選される。

2002年12月
9月の党内人事によって鳩山の求心力が低下し、辞任に追い込まれる。党代表選挙にて、菅直人が代表に就任。

2003年9月
総選挙を前に執行部が自由党との合併を正式決断。党内には反対意見もあったが、民主党による事実上の吸収合併という形で決着。民主党は両院合わせて204人(衆議院137、参議院67)へと党勢を拡大した。

2003年11月
第43回総選挙で改選前を40議席上回る177議席を獲得。比例区の得票数は自民党を上回る。

2004年5月
菅直人が、社会保険庁の過失により自身の年金納付に未納期間が発生が発覚。責任を取って代表を辞任。岡田克也が無投票で新代表に選出された。

2004年7月
第20回参議院議員通常選挙。発足間もない新体制に一部不安視する声もあったが、比例区の得票で自由民主党を抑え、選挙区を含め50議席を獲得。国政選挙において初めて自民党(49議席)に勝利を収めた。

2005年9月
第44回総選挙で、113議席。改選前を大きく下回るり、岡田克也が敗北の責任を取り代表を辞任。これを受け、党代表選挙で若手の前原誠司が菅直人を破り、代表に就任。

2006年4月
堀江メール問題に端を発して、前原誠司が代表を引責辞任し、小沢一郎が新代表に就任した。

2007年7月
第21回参議院議員通常選挙で60議席を獲得し、参議院で第1党となる。1955年以来、初めて非自民の参議院議長に江田五月を選出。ねじれ国会。

2009年5月
3月に発覚した、小沢代表の公設第一秘書による政治献金問題により、公設秘書が政治資金規正法違反で逮捕・起訴される。党の支持率低下などから、挙党体制確立のために小沢一郎が代表を辞任。岡田克也とた鳩山由紀夫による代表選挙で、鳩山由紀夫が代表に復帰。

更新情報

20120518:大飯原発の運転再開問題を掲載しました。